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    <title>ジプシーのうたを求めて～gypsy trails</title>
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    <subtitle>ジプシーの出自(ルーツ)と地球上への拡散</subtitle>
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    <title>「哀しき獣」～循環する差別構造のなかのバイオレンス映画</title>
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    <published>2012-01-29T03:25:36Z</published>
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 韓国映画の持つ底知れぬパワー全開の快作であることは間違いない。『チェイサー』のナ・ホンジン監督とハ・ジョンウ、キム・ユンソクのコンビが再び組んだ体臭むんむんの暗黒映画である。 <br>
グナム（ハ・ジョンウ）は中国の延辺朝鮮族自治州に住む朝鮮族のタクシー運転手。多額の借金を背負った上、妻は韓国に出稼ぎに行ったきり音信不通。生活苦にあえぐ日々を送る。そんな時、犬の売買市場で会ったミョン（キム・ユンソク）が、10日間の間に、ソウルにいる大学教授を殺害し、その親指を切り取って持ち帰れば、借金を帳消しにするとの取引を持ちかける。妻と娘との暮らしを取り戻したいグナムは悩んだ末に代理殺人を請け負い、ソウルで消息を絶った妻を追い韓国に密入国する。<br>

ここでいう犬とは食用に飼育された犬のこと。朝鮮半島と中国南部の貴州省などでは犬は食料であり、日本でも上野近辺の朝鮮料理店ではメニューにのっている。以前、貴州省を取材した１９９０年代には街中に犬の肉専門店を見聞している。犬市場の描写などは、その意味が日本人にはよく伝わらないかもしれないが、こうした描写が画面に厚みを加えている。<br>

代理殺人と妻探しでソウルに入ったグナムが想像もしなかった事態がソウルで巻き起こる。そこからの４章仕立てのストーリーは筋を追うのがしんどくなるような複雑さである。
血まみれのバイオレンスシーンの執拗なまでの描写が続く。徹底的にナイフ，斧による殺戮シーンのオンパレード。そして無鉄砲なカーチェイス。圧倒的な疾走感を伴いながら
救いがたいラストへとなだれ込む。演出はテンポ良く、カメラも躍動する。筋立ての難解さを越えて迫るものがある。韓国映画の底力か。<br>


この映画では日本人には理解しがたい民族問題が背景にある。主人公が中国に居住する（少数民族）朝鮮族であるという背負だ。こうした背景をもつ人物を主人公にした韓国映画は始めてかもしれない。<br>

　中国には人種的偏見に基づく差別意識というよりも、むしろ歴史的な漢民族支配の構造が地理的、政治的、経済的に堅固に存在しており、朝鮮族をはじめ５５の少数民族にたいする実質的な差別構造が確立している。チベット族、ウィグル族などによる抵抗運動はあるが、多くの少数民族は漢民族の慰撫政策、漢化同化政策に飲み込まれている現状だ。<br>

北に住む朝鮮人は国境を接する延辺朝鮮族自治州に脱北するが、漢民族、朝鮮族支配には抗しえない。朝鮮族のグナムは韓国に密入国するが韓国人からの蔑視に遭遇する。差別構造が朝鮮半島と中国の朝鮮自治州のあいだで循環しているのである。出口なしのように見える状況のなかでの壮絶なバイオレンスドラマである。<br>

グナムが抱えた背景を知るとき、彼の様々な感情をたたえた表情がにわかに切実感を伴いながら、迫ってくる。<br>
俳優陣が素晴らしい。田中邦衛を２枚目にしたようなハ・ジョンウの表情が秀逸であり、
キム・ユンソク扮するミョンの不気味な不死身男の存在感が際立つ。<br>
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    <title>ハリウッド映画とロマ音楽の新たな関係～《ジェレム・ジェレム便り27》</title>
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    <published>2012-01-10T23:56:05Z</published>
    <updated>2012-01-11T00:13:31Z</updated>

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ドイツ出身の映画音楽の巨匠ハンス・ジマーがガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ』（２００９）の続編の音楽を引き受けることになったときは、１００本以上の映画音楽を手がけてきたキャリアにまた新たな一本が加わるだけかのように思われた。<br>しかし、仕事を進めるうちに、もともと政治的関心の高かったこのアカデミー賞作曲家は新しい音楽の方向性とひとつの志を見出した。ロマ（しばしばジプシーと呼ばれる）への関心がそこへ導いたのだ。<br>
ヨーロッパの各地で今も差別を受けるマイノリティーは、移動を続ける生活と風変わりな言葉や文化を理由に侮蔑の対象となり、かつてユダヤ人とともにナチスの犠牲となった。この夏ジマーはいつもの音楽メンバーに加えて民主活動団体のNational Democratic Instituteのメンバーらとともにヨーロッパの７か所のロマ居住区を訪れ、さまざまなミュージシャンの音楽を聴いた。<br>
「中欧の国に行ったのですが、このような貧困は見たことがありません。」ジマー（５４才）は言う。「あってはならないことです。」<br>

ロマの音楽に感銘を受けたジマーは、正当な２セッション分のギャラを約束して、出会ったミュージシャンの中から１３人をレコーディングに呼んだ。彼らはバイオリンとアコーディオンを携えてウイーンにある録音スタジオに出向いた。彼らの演奏は１２月１６日全米公開の『シャーロック・ホームズ』の続編"A Game of Shadow"*の映画音楽として収録された。サウンドトラックの収益の一部はロマの人々に寄付され水、暖房、学校へ行くためのバス代など生活費の一部に充てられることになっている。<br>

ジマーの娘でファッション写真家のゾーイ・ジマーも旅に同行し、ロマの人々をカメラに収めた。"Deserve Dignity"（「誇りをもって生きる人々」筆者試訳）と題する写真展がこの１月からウエスト・ハリウッド図書館で開催される。<br>

「私は政治家ではないので問題を解決することはできない。」と父ジマーは言う。「とても音楽的なジプシーの世界といういい意味でのステレオタイプを後押ししているわけですが、それが今の私にできる唯一のことです。少しでも彼らに仕事の場を提供すること、それによって彼らの生活が少しでも良くなることを願っています。」<br>
（市橋雄二/2012.1.9）<br>

＊日本では『シャーロック・ホームズ　シャドウゲーム』の邦題で、今年の３月１２日全国ロードショー公開（配給：ワーナーブラザーズ映画）の予定。出演はロバート・ダウニー・Jr.、ジュード・ロウほか。１２月１６日に公開されたアメリカでは１月１日までの累計興行収入が１００億円に達し、１位のトム・クルーズ主演『ミッション・インポッシブル　ゴースト・プロトコル』と僅差で２位につけ、大ヒットとなっている。
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    <title>鉈（なた）で閉塞日本列島を切る～映画 「サウダーヂ」</title>
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    <published>2011-12-23T00:38:04Z</published>
    <updated>2011-12-23T00:48:37Z</updated>

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カミソリの切れ味ではなく、鉈で大魚をさばくごとく、ざっくりと袋小路にある日本列島の今を鮮やかに浮かび上がらせた異色作である。地方の苦悩を描くことで日本全体の矛盾を逆照射している。「サウダーヂ」とは郷愁、情景、憧れ、そして、追い求めても叶わぬものを意味するポルトガル語だという。<br>
舞台は不況と空洞化に悩む地方都市、甲府。この町に暮らすどん底景気に翻弄される土木建築業の人びと、日系ブラジル人,タイ人などのアジア人が中心の移民労働者――彼らが本音丸出しで、ぶつありあい、追い詰められながら苛烈な日本列島で生きていく様を描いた群像劇だ。<br>
話は２人の男を中心に進むが、とりたてて起伏あるストーリーがあるわけでもなく、街自体が主役のような映画であり、生きているかのような街の表情や工事現場が乾いた抒情を生んでいる。
 "派遣"で土方として働き始める猛はHIPHOPグループ「アーミービレッジ」のメンバー。両親は自己破産しパチンコに逃避、弟は精神に異常をきたしている。多くの移民達が働く建設現場。土方ひとすじに生きて来た精司は妻がありながら、タイ人ホステスのミャオとタイへの生活を夢想する。不況が深刻化し、真っ先に切られる外国人労働者たち。精司の働く土建業会社も当然のように倒産する。重い現実が展開する。<br>
移民問題はヨーロッパなどでも深刻な問題を起こしており、民族間の文化摩擦、差別意識、経済格差などから生じる対立、軋轢は容易には解けそうもない。日本列島においてもこの問題は内在化しているが、映画でとりあげたのは多分、この映画がはじめてではないか。<br>
出口なしかに見える状況を描きながら、映画は不思議なことに暗くない。むしろ居直ったかのような、不敵さ、ふてぶてしさ,が漂うのである。それがこの映画の最大の成果である。暗い状況を絶望をこめて描くより、底を突き抜けたかのようなアッケラカーンとした描写がより現実を撃つ力があり、伝わる場合がある。実際にそこで生活している人々をキャスティングしたということから生まれた臨場感やブラジルやタイの人々のもつ開放的な野生味、野放図さが画面に躍動感を生み、より効果を発揮する。<br>
そして特質すべきは全編に流れる音楽の洪水。ヒップホップを中心にラテン、歌謡曲、民謡などが効果的だ。<br>
監督　富田克也。第33回ナント三大陸映画祭のグランプリ「金の気球賞」を受賞。
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    <title>ラージャスターンの消え行く音楽～《ジェレム・ジェレム便り２６》</title>
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    <published>2011-12-12T23:24:39Z</published>
    <updated>2011-12-12T23:59:31Z</updated>

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"Lost Music of Rajasthan"と題する65分のドキュメンタリー番組が、この12月６日にイギリスのBBC ONE（日本のNHK総合テレビに相当する）というチャンネルで放映された。この番組では、撮影隊がラージャスターンの沙漠地帯を旅しながら、インド独立以降その存続が危機に瀕している楽師たちを探訪する。<br>
ボーパと呼ばれる絵解き芸人が大きな布に描かれた絵巻を前に三日三晩物語を吟じる。そこにはサフラン色の衣装を身にまとい水キセルを吸う姉妹や女装の男たちが集まり、カルベリア・ジプシーの踊り子たちが後ろ向きに反り返ってルピー紙幣を口で銜える曲芸を見せたりしている。<br>
　生きていながらにして既に伝説化したバンワリー・デーヴィーがラージャスターンの田舎の村の実家でクリシュナ神への賛歌を歌っている。彼女の巧みな歌声がガラスのない窓と素朴なつくりの家の戸口から漏れ聞こえる。彼女はそこで7人の自分の子供を含む22人の扶養家族と暮らしている。9歳か10歳のころに結婚し、今は未亡人となっている。12歳のときに長男を出産した。この長男が弟とともにハルモニヤム（手こぎオルガン）と太鼓で伴奏をしている。音楽はあたりの畑や沙漠に響き渡る。歌いながら思い余って涙するデーヴィーを、伝統音楽を支援する基金(JVF)のディヴャ・バティアが慰めている...。<br>

　残念ながら番組自体を観ることはできないが、BBCのホームページにアップされたスチール写真とそこに添えられた上記の紹介文からおおよその内容を知ることができる。撮影地については詳しく書かれていないが、ジョードプルとジャイサルメールの周辺部ではないかと思われる。上記のJVFという団体は、調べてみるとラージャスターン州の州都ジャイプルにあるJaipur Virasat Foundation（ジャイプル文化遺産基金）であることがわかった。<br>
　この番組で紹介される楽師たちはかつて各地の藩王や貴族たちがパトロンとなり、代々芸能を生業としてきたのだが、第二次大戦後の共和国政府成立と共にそうした制度が解体され、その存続が危ぶまれるようになった。このことを指して「消え行く」音楽と題していると思われるが、実際に現地を訪ねてみると観光客をパトロンにしぶとく生き延びている楽師たちの姿を見ることができる。（この模様は本<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/post-2.html">ＨＰのビデオアーカイブ</a>や<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/post-8.html">ギャラリー</a>に収められている。）そのエキゾティックな音楽や踊りを携えて欧米諸国や日本に公演に行き稼ぐものもいる。また、今回の番組で取り上げられているような支援団体による援助もあるだろう。この番組がそうした彼らの今と未来をどう描いているか、チャンスがあれば是非観てみたいものだ。（市橋雄二/2011.12.11）
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    <title>イタリアの今、２０１１初冬～ボローニャ雑感</title>
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    <published>2011-11-29T23:46:57Z</published>
    <updated>2011-11-30T01:11:19Z</updated>

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<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigboronya-1661.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigboronya-1661.html"><img class="mt-image-none" alt="bigboronya.jpg" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigboronya-thumb-250x166-1661.jpg" width="250" height="166" /></a></span>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html"></a></span>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html"></a></span>
<p>11月下旬の１週間ほどイタリアのボローニャ周辺を回った。ボローニャに滞在しながら、ちょくちょく周辺の町へ出かける旅だった。</p>
<p>映画に関心があるものには、ボローニャは映像の保存と修復の施設「チネテカ」のある町としても有名だ。ピエル・パオロ・パゾリーニの生まれた町でもある。パゾリーニは日本では映画監督として名高いが、イタリアでは、その死にさいして親友であったモラヴィアが「今世紀後半にイタリア語で書いた最大の詩人」と評したほど詩人として名高い存在である。<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/2011/03/post-107.html">その詩集</a>を日本語ではじめて翻訳した四方田犬彦氏が、研究のため滞在したのがボローニャである。</p>
<p>よく知られるように世界最初の大学であるボローニャ大学があり、パゾリーニもここの学生であった。古都であり、イタリア共産党の根拠地でもあり、質の高い工業都市でもある。文化的にも豊穣な土壌を持つ。</p>
<p>このようにイタリアでも質の高い都市基盤をもつボローニャで、最近のユーロ圏の金融危機がどの程度垣間見えるのかーーー単なる旅人にどのように写るのか。</p>
<p>長年にわたって蓄積されてきたインフラ資本はさすがに分厚く、その重厚な歴史的遺産をはじめとして町の景観は絵画的ですらある。そして学生の町であるせいか、若者の姿が多く、華やかで、活気に満ちているところが他の多くの古都と違った様相を呈している。</p>
<p>それでも名物のアーケード（ポルティコ）の壁や柱には落書きが多く、ちょっとすさんだ感じも漂う。街頭のデモにも数回出合った。これらの光景は経済的宿弊の表れなのだろうか。</p>
<p><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html"><img class="mt-image-none" alt="bigdemogakusei.jpg" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-thumb-250x166-1664.jpg" width="250" height="166" /></a></p>
<p>眼にしたテレビジョンは新しい首相の動向を追い、ドイツやフランスの首脳たちの動向に神経を尖らせている内容が多いようだ。折りしもクリスマスシーズンに入り、町にはアシネッリ塔などのライトアップがはじまり、表面上は華やかな街中の飾りつけが目立つのである。</p>
<p><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html"><img class="mt-image-none" alt="bigyakei.jpg" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-thumb-250x166-1667.jpg" width="250" height="166" /></a></p>
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り25》～アメリカの大学が試みる海外研修</title>
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    <published>2011-11-06T01:44:39Z</published>
    <updated>2011-12-12T23:29:02Z</updated>

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ピッツバーグ大学の音楽学部ロシア東欧研究センターと海外研修課は、来夏＜チェコ、ポーランド、スロヴァキアにおけるロマの音楽、文化、人権＞というテーマで海外研修プログラムを実施すると発表した。民族音楽を専攻する学部学生が対象で、3単位が与えられる。</br>
この海外研修は、ピッツバーグ大学の音楽学準教授アドリアーナ・ヘルビク博士とプラハのチャールズ大学人文学部の民族音楽学講座主任をつとめる準教授ズザーナ・ユルコーヴァ博士によって企画運営される。<br>
ロマの音楽と文化に特化したプログラムは、この種の海外研修としては初めてである。学生はロマのミュージシャンや活動家、住民との交流、調査、インタビューなどを実地におこなう。プラハでおこなわれる＜カモロ世界ロマフェスティバル＞に参加するほか、スロヴァキアのロマ居住地を訪ね日常生活の中のロマ文化に触れる。ポーランドではクラクフ周辺地域でロマのホロコースト（大虐殺）の歴史を学ぶ。学生はまた、チェコ、スロヴァキア、ポーランドの研究者や一般の人々との交流を通じて、欧州連合(EU)やその周辺で起こっているロマ問題の理解を深めることも求められる。<br>
ロマ（ジプシー）の音楽はここ20年の間にワールドミュージック分野の人気ジャンルの一つとして認知されるようになった。その背景には活動する政治団体が増え、ロマ差別への国際的な非難も高まったこと、また教育機会の増大やメディアの好意的な紹介などによってロマの少数民族としての地位向上の動きが強化されてきたことが密接に関連している。ヨーロッパで最も差別される少数民族にとっては社会経済状態の改善にまだまだ多くの余地が残されていることは言うまでもない。しかし、生来の音楽家である＜ジプシー＞という古くからのステレオタイプを作り出してきた音楽は同時にロマの権利保障を引き出すのに重要な役割を果たすものでもある。<br>
研修は2012年5月19日から6月5日までの期間おこなわれる。参加費用は、ペンシルバニア州内からの参加者が$3,850、州外からの参加者の場合$4,804で、航空券代、教材代は含まれない。別途手続き費用$300がかかる。学生は奨学金を申請することができる。<br>

以上がピッツバーグ大学が発表している研修の概要であるが、決して安くはない研修費を出して参加する学生がどのくらいいるのだろうか。見当もつかないが、これまでにない新しい試みであろうから、長い目で見る必要もあるだろう。経済格差や失業への不満を爆発させたニューヨーク市民によるデモの報道では、内向きになってしまった大国アメリカの姿ばかりが強調されるが、この国には今回の記事のようにマイノリティーの文化を認めて地道な交流を試みるグローバルな市民感覚が地下水脈のごとく流れていることも忘れてはならない。<br>（市橋雄二/2011.11.5）
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    <title>ヴェンダースの新作ロード・ムービー：「パレルモ・シューティング」</title>
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    <published>2011-10-25T01:24:03Z</published>
    <updated>2011-10-25T01:59:31Z</updated>

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ヴェンダース日本公開最新作である。私は彼の映画はかなり好きで、特に「パリ・テキサス」（１９８４）で受けた新鮮な衝撃は忘れられない。サム・シェパードのシナリオ、ライ・クーダーのギター、テキサスの風景の寂寞感など「イージー・ライダー」（１９６９）と並ぶロード・ムービーの傑作であった。<br>
また、ライ・クーダーがアルゼンチンの老ミュージシャンを追う姿を16ミリカメラで捉えたドキュメンタリー「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」（１９９９）もとても面白かった。<br>
「パレルモ・シューティング」もロード・ムービーともいえるだろう。特に舞台をヴェンダースの故郷、デュッセルドルフからイタリア、シシリー島のパレルモに移る後半はロード・ムービーそのものだ。パレルモの撮影は16ミリだったようで、画面のトーンが潮風に晒されたようなトーンで効果的だった。<br>
主人公の売れっ子カメラマン、フィンを人気パンク・ロック・バンド。ディー・トーテン・ホーゼンのシンガー、カンピーノが演じるが、相当のはまり役だ。全体的な雰囲気に華があり、まなざしが深い。一見、華やかな暮らしに疲れ、生の実感をもてなくなり、魂の再生を求めてパレルモに行き、そこで安らぎを得るというシンプルなストーリーだが、そこにはヴェンダースの様々なこだわりが散りばめられており、そこがこの映画最大の魅力だ。<br>
まず、パレルモの描写が素晴らしい。前半のデュッセルドルフの街の風景や最先端の仕事場などにあふれる機能美に対比するかのようにパレルモの描写にはその歴史が生む人々の匂いが漂う。フィンはそこに精神の安寧を見出す。観光客では入れないパレルモの裏街が息づくシーンにはヴェンダース独特の抒情が生まれる。<br>
そしてデニス・ホッパーの死神。アメリカン・ニュー・シネマの旗手となった「イージー・ライダー」の監督でもあったデニス・ホッパーが久しぶりにヴェンダース作品に出演、そして2年後に亡くなるという意味でも感慨深い。死神は主人公フィンと対峙する存在ながら、生死について根源的な対話を交わす。<br>
未来から射る弓矢がフィンを狙うシーンなど、死神のシーンには時空を行きかう映像的飛躍が展開し、映画全体に奥行きを与えている。<br>
フィンが生への希望を抱く存在として絵画修復に従事するフラヴィアを演じるのはジョヴァンナ・メッゾジョルノ。生を体現する存在としてミラ・ジョヴォヴィッチが妊娠8日月の本人役で出演している。<br>
全編に流れるヴェンダース好みの音楽も聞き所。
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    <title>「地を這う前衛」ダンサー、田中泯の初エッセイ集</title>
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    <published>2011-10-09T00:43:30Z</published>
    <updated>2011-10-25T01:46:52Z</updated>

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<p></p>
<p>
<p><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/10/田中泯-thumb-250x355-1656-1658.html','popup','width=250,height=355,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/10/田中泯-thumb-250x355-1656-1658.html"><img class="mt-image-none" alt="田中泯.jpgのサムネール画像" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/10/田中泯-thumb-250x355-1656-thumb-250x355-1658.jpg" width="250" height="355" /></a></p>
<p>「僕はずっと裸だった　前衛ダンサーの身体論」（工作舎）。<br />稀代のダンサー、田中泯、初のエッセイ集であり、活目すべき身体論・舞踊論である。自らは舞踏家と呼ばれることを拒み、ダンサーと呼ばれることを望む。<br />身体表現の起源を探る思いは悠久への憧憬に重なり、その古代的で始原的な匂いのダンスで、常に時代に衝撃を与えてきた。<br />また、俳優としても「龍馬伝」や「たそがれ清兵衛」などの異様な迫力と実在感のあふれる演技はプロの俳優たちの手垢にまみれた演技術とは一線を画し、さらにナレーター、語り手としてもユニークな位置を占めている。<br />　ダンサー（身体表現家）でなければ見いだしえないカラダの微妙な感覚を丁寧に、様々な色合いで、繰り返し語り、手馴れた書き手、職業的な文筆家では決して表現しえないオドリの世界の真実に到達している。<br />以前、彼を記録したドキュメンタリー映画「ウミヒコヤマヒコマイヒコ」で<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/2009/07/post-12.html">書いた内容</a>を再確認できたこともあり、新たに気づかされた視点も多い。<br />田中泯の視点は、己のカラダの内側、内臓の内壁を凝視するかのような感覚でカラダからの微細な反応を受け止め、各器官が外の全世界・宇宙に通じていると認識することから始まり、そこからダンス表現について語るのである。<br />例えば、<u>ダンスについて</u><br />「かろうじて立つ。この感じがぼくは大好きだ。」 <br />赤子がひとりで立ち上がったときの感覚に常にこだわりながら、<br />「カラダは何物にも触れずに大気の中にいる。ひとりで立った、そのことに驚き、ふるえ、喜びの感情が生まれる・・」<br />「思えば、僕が踊りにこだわり続けること、愛し続けることができるのは、生命の所在を希求する基調低音、赤子の一日、一日が横たわっているのだ、・・・」<br />「・・・生きる動機が、現在よりも自然に近かったころのヒトの感情や感覚に、僕は常に憧れてきた童子のような者だ。オドリは誤りなく僕を古代に導いてくれる道標である。」<br />胎児から赤子になる瞬間や歩き出す動作にダンスの本質が存在すると確信しているような表現だ。このことは田中泯のオドリの背骨になっていることはよく分かる。<br /><u>記憶については</u><br />自分のこども時代の記憶のことを「私のこども」と呼び、<br />「私はからだの中のさまざまに異なる速度にこだわり始めました。呼吸、脈、心拍、消化、発汗、排尿などなど自分で意識できない速度も含めて、からだは、とっても複雑な速度の混合で成りたち、その速度やリズムのどれ一つとっても、世界中が基準にしている速度『時間』とは、まったく一致しなのです。・・」<br />７０年代は世界中で裸体でダンスことから、「踊りを思考する」鍵を獲得し、８０年代になり師、土方巽（ひじかたたつみ）に「泯さん、そろそろ服を着たら。君は充分に晒して生きてきたよ」と言葉をかけられるまで「裸だけが。私の衣装だった。」その土方巽は「舞踏とは、命がけで突っ立ている死体である」という言葉を残している。田中泯にとっては「土方巽は青春の王だ。」というほど憧れの対象である。土方巽は存在が舞踊そのものだった。田中泯はひそかに「私はダンスだ」という日々を夢見ているという。<br /><u>感情について</u><br />「人間一人ひとりの、どんな些細な『感情』にも全世界が関係している」<br />という意識でダンスする。「感情」というタイトルで踊る中で、それまでの裸体舞踊からイタリア兵の雨合羽を着るダンスへと変貌していった。１９８０年代初頭。<br /><u>風景について</u><br />「人間は傲慢にも自分と風景とをまるで別物として扱っている。止めて見てはいないだろうか。人間が、事物の変化、多様な速度を無視して自分達の速度のみに没頭するようになったのはいつごろからなのだろう。」<br /><u>農業について</u><br />田中泯は山梨の山地で農業をしており、ダンスと農業は両輪の輪のようだ。<br />「僕の畑仕事場は、生産工場ではなく、創造工場、想像空間なのだ。カラダは全面的にその場に巻き込まれ引き込まれする。畝立てに疲労したカラダは、胸、肩、上腕そして手と、小さな振動がそこかしこに棲んでいるかのように感じ、心地よい。僕が参加して立って動いている大地と自然周囲が一緒になって作り出す『気分』だ。」<br />田中泯のダンスを言葉で表現するのは難しい。美よりは醜、動よりは静、飛翔よりは沈潜を志向し、既成のオドリの概念をひっくり返す動きはどのような思考の中で生まれてきたのかを探るうえでは、田中泯が自らのダンスについて語る本著はオドリの本質を探る上でも見逃せない。<br />そして、文章の端々からほとばしる幼時、子供時代の父母の思い出やカメラマンにして生涯の友、岡田正人とのふれあいの描写は情感にあふれ、漂う懐かしい哀感に胸を打たれる。<br />ひたすらダンス論に徹底ししたこの書を読み終えて、田中泯の驚くべき鋭敏な感性にため息するように憧れるとともに、人間が古代以来本来備えていた鋭敏な五感の感覚を失ってきたかという喪失感をも味わうのである。<br />本書は山梨日日新聞の連載（２００７年～２００９年の２年間）されたコラム「海やまのあいだ」の単行本化であり、盟友、岡田正人の写真が重要な位置を占めている。（出版社；工作舎）<br /></p></p>
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り24》~ブルガリア、ロック・フェスの町のロマ</title>
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    <published>2011-10-03T00:23:47Z</published>
    <updated>2011-10-03T01:07:31Z</updated>

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<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/gypsytrails.html"><em>トップページへ</em></a></p>
ブルガリア北東部の黒海に面した小さな観光都市カヴァルナは、2006年から毎年夏に開かれているロック・フェスティバルのおかげでその名が世界に知られるようになったが、カヴァルナのロマ系住民こそこの地の名誉とすべきだろう。<br>
ブルガリアのロマ居住地の多くは掘建て小屋が未舗装の土の街路に沿って並ぶスラム街のようなところで、道路と呼ぶべきものがあったとしてもそこはゴミが散らかっている。対照的にカヴァルナのロマ居住区はきれいな街並みで、地元の人々がビバリー・ヒルズと呼ぶほどである。道路は舗装され、ゴミもほとんどなく、夜には街灯がともる。塗装したての家が至るところに顔を出し、その様はマッシュルームのようだ。<br>
ロマが12,000人の住民の三分の一を占めるこの町は、地方自治体が少数派住民の統合とそのための予算措置に取り組めば何ができるかのよい実例を示している。「おそらくここはロマ系住民の統合が実現した国内唯一の場所です。」ブルガリア科学アカデミーの研究者でロマ問題の専門家であるイオナ・トモーヴァは言う。カヴァルナのロマ健康相談員カリンカ・アタナソーヴァは、ほんの10年前に市役所の前のコーヒー・ショップで入店を断られたことを思い出しながら「いつもこうだったわけではありません。当時は町の中の多くのコーヒー・ショップやクラブがロマの客お断りだったのです。」<br>
しかし、事態は変わり、今やロマはどこにでも行けるばかりでなく、地方公務員として働くこともできる。そして17人いる市議会議員のうち4人を少数民族出身者が占めるまでになった。改革はツォンコ・ツォネフ氏が市長に就任した2003年に始まった。<br>
最初の任期中に少数民族統合局という部局を新設し、スタッフの中にロマを採用した。それ以来、ロマ居住区は徹底した改修を経ることとなった。統合局長マーティン・バシェフは言う。「私たちは、政治的な意志があればロマ統合の問題が10年で解決できることを実証しました。」<br>
ブルガリアのロマ居住地では多くの家屋が許可なしに建てられていたので、土地や建物を合法化することが生活改善の第一ステップだった。市の職員は、農業で生計を立てることを希望するロマ住民には、耕作可能な土地を相場よりも安い値段で購入できるよう斡旋した。市は居住区のインフラ整備に約10億円を投資したが、そのうちの半分は欧州連合（EU）が拠出するプロジェクトによって賄われている。新しい道路と下水道が整備されるとともに既存の学校と幼稚園は改修され、新たに居住地全体に行き渡る都市ガス網が敷設された。<br>
依然として全国的な重要課題であるロマの子供たちの中退問題も、カヴァルナではその率が2004年から2007年の間に30パーセントも低下した。町のロマ生徒のおよそ90パーセントが少なくとも8年の教育期間を満了するまでになったが、以前は多くの女子生徒が中途退学していた。カヴァルナのロマの子供の95パーセントが小学校に入学する。また、かつては居住区でよく見られたひったくりなどの小犯罪がほぼ無くなったという。玄関の施錠をしない家もあるほどだ。<br>
カヴァルナの改革は地方政府の努力のみならず町に住むロマとのパートナーシップの結果でもある。ロマの多くは数年間ポーランドへ出稼ぎに行き、そこで稼いだ自己資金を居住区の改善に投入してきた。こうした投資がどのようなものかは＜ホワイトハウス＞地区に行くとよくわかる。これまでロマ居住区の外れの泥沼だったところに突如現れた白塗りの豪邸群を地元の人々がいつしかこう呼ぶようになったエリアである。<br>
カヴァルナのロマの間では、社会生活に対する姿勢も変わってきている。つい最近まで居住区の女児の多くが学校に通わず、14歳までに結婚していた。現在では結婚年齢は16、17歳となり、多くの女児が少なくとも8年間学校で学ぶようになった。副市長のセヴィンチ・カサボーヴァ氏は、カヴァルナの統合の成功を簡潔にこう表現する。「生活水準の向上に努めるロマのコミュニティがある以上、市当局はそれに応える責任があります。」<br>

今回の記事に触れて、数年前に訪れたマケドニアのロマ居住区<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/mt-preview-d353c42998fca8d11c474dffa34c8b65a4b1d9ae.html?095927#syuto">シュト・オリザリ</a>を思い出さずにはいられない。ドイツや遠くオーストラリアへ出稼ぎに行き、貯めたお金で豪邸を立て、高級車に乗るロマの人々の姿がそこにあった。もちろん一方で貧困から抜け出せない人々もいるのだが、ロマの共同体はそれらすべてを飲み込みダイナミックに自らの生活を謳歌しているように見える。<br>（市橋雄二/2011.9.25）

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    <title>２０１１夏、秋田イワナつりスナップ集</title>
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    <published>2011-09-25T02:40:12Z</published>
    <updated>2011-09-25T02:56:37Z</updated>

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<p><em><a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/gypsytrails.html">トップページ</em></a></p>



恒例の秋田イワナつりの旅。８月下旬に出かけたが、台風後の長雨による、水温低下で苦戦。しかし、美しい渓での数日間は至福の連続である。<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/post-25.html">ギャラリーへ</a>。
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り23》～ ハンガリーの村のフレスコ画</title>
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    <published>2011-08-29T06:00:54Z</published>
    <updated>2011-08-29T06:39:39Z</updated>

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<li><em><u><a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/gypsytrails.html"><font color="#810081" size="2">トップページへ</font><font color="#ab0404"></font></a></u></em></br>
低開発や貧困の特効薬と言えばやはり＜観光＞だろうか。専門家によれば、普通の観光よりも農業体験や文化遺産巡り、究極の体験ツアーの方がその地域に経済的利益をもたらし、草の根レベルの小規模なビジネスの方が観光客やジャーナリスト、ひいてはナショナル・ジオグラフィック・チャンネル（ドキュメンタリーの専門チャンネル）を惹きつけるという。実際、19世紀のスイス以来20世紀中頃のギリシア、そして20世紀後半のチェコに至るまで、観光はヨーロッパの多くの地域で生活水準の向上に重要な役割を果たしてきた。<br />同じことはヨーロッパで最も恵まれない農村地域にも起こりうるだろうか。あるハンガリーの村がこれを試みようしている。ボードヴァレンケ村の住民はその大半がロマで、ハンガリー北東部スロヴァキア国境の村に観光客を呼び込むために情熱的で繊細なジプシーの芸術を利用している。村の家々の壁をフラスコ画（*1）で飾る試みは2009年から始まり、美しい景観を作り出している。<br />セルビアのゾラン・タイロヴィッチら著名なロマのアーティストが絵を描くために招かれた。フラスコ画がボードヴァレンケ村の住民の手によるものではないことはさして問題ではない。この7月31日に開催されたF1ハンガリー・グランプリを記念してか、フレスコ画の一つに疾走するF1カーが付け加えられている。この模様はyoutube（*2）で見られる。描き方がやや雑な感じがするが、おそらくこれによって新たに村を訪れる客もいるだろう。<br />ボードヴァレンケを芸術の村にしようというアイデアは数年前に活動家エステル・パーストルがハンガリアン・ガード（ハンガリー人のための極右団体）のデモ行進に触発されて提言したと言われている。<br />ボードヴァレンケ村のプロジェクトは、貧しい農村地帯を経済の主流に組み入れようとする新たな試みだ。近くにあるアグテレクの洞窟群も村に観光客を呼び寄せるのに役立つだろう。フレスコ画には、白いドレスの花嫁や馬、天使やロマの伝説から取ったものなど独特の題材が含まれるが、こうしたほかでは見られない珍しいものこそが観光収入につながるに違いない。<br />
*1) <a href="http://www.bodvalenke.eu/en">フラスコ画（*1）</a><br />
*2) <a href="http://www.youtube.com/watch?v=5TCQrgy_a8s">youtube（*2）</a><br />（市橋雄二/2011.8.20）
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    <title>奇祭　つく舞～茨城県龍ヶ崎市を見る</title>
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    <published>2011-08-11T11:41:15Z</published>
    <updated>2011-09-09T09:46:54Z</updated>

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７月２７日龍ヶ崎のつく舞を見物した。雨蛙の面をかぶり、たっつけ袴に筒袖姿の男が、路上に立てた１５メートルほどの大柱にのぼり、四方に矢を放ったのち、地に張りわたされた綱を滑りおりながら、曲芸を見せる。漢字では撞舞の表示。起源がはっきり分からず、謎も多いが、どこか異国風で、中世の匂いも感じさせてくれる不可思議な祭りである。中国から伝来した散楽の大道芸的な要素、また京都四条河原の見世物を写した蜘舞の図に酷似した点など今後解明されるのを期待したい。<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/post-2.html">ビデオレポート</a></a>へ。
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    <title>衝撃の書~「フクシマ」論　　原子力ムラはなぜ生まれたのか　　開沼博　著</title>
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    <published>2011-08-03T09:44:39Z</published>
    <updated>2011-08-03T10:16:17Z</updated>

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<p>若干27歳、恐るべき俊才の登場である。ほとんどが３．１１以前に書き溜めた修士論文「戦後成長のエネルギー――原子力ムラの歴史社会学」であるが、日本人の精神構造の古層にまで思いを巡らせてくれる衝撃の書である。 <br>
２０１１年３月１１日の大震災と原発事故で日本の様相は一変し、その終息の兆しは見えない。現在、マスコミ、ジャーナリズムが流している情報にたいする懐疑も増大している。
本当のことは見えてこない。どうしてこのようなことが起こってしまったのかと皆こころの底で考えているが、答えは見えてこない。<br>


その震災後の事態の成り行きを見るにつけ、原子力ムラの成立過程とそこに暮らしてきたムラの住民たちの意識の流れというものはほとんど見えてこないのが現状である。<br>


この著を手にしてはじめて原子力ムラというものがいかに形成されてきたのか、そしてそこには住民の不変の「服従」する意思が存在してきたことを知らしめられるのである。<br>

福島県二葉町、大熊町、富岡町、楢葉町などムラのフツーの住民たちへの聞き取りという地味なフィールドワークを重ねることによって、なぜ原子力ムラが出来上がってきたのかを住民の視線から照射して鮮明に導き出した労作である。<br>

その根底には、日本社会の様相を分析するため従来から試みられてきた様々な手法にたいする著者の不信がある。ともすれば従来の学問的手法は革新／保守、抑圧／被抑圧、支配／被支配、加害／被害などの二項対立の思考の枠にはまり、予定調和的な結論へと進みがちであった。原発を対象としてなされてきた学術的研究やジャーナリズムも「抑圧」「変革」に帰結する構図に陥りがちだったのである。<br>


それを打破するために著者が取った方法がフィールドワークや地域調査という「虫」の目でアプローチする手法だった。それは中央からムラを見下ろす視線ではなく、ムラの側から地方や中央を見上げる姿勢に徹するアプローチであった。<br>

そうして日本の戦後成長における地方の服従の様相を明らかにすることから、原子力ムラの成立過程を分析したのである。そして著者が導き出した苦い結論。<br>

地方の住民たちの「自動的かつ自発的な服従」が歴史的に形成される過程こそが、原子力ムラの成立の過程そのものだという分析にいたるのである。<br>


原発の誘致運動以後、ムラは原子力に吸い寄せられるように、住民たちは農業から離れていった。そこには原子力への「信心」とでも言うべきものが形成されていたという。<br>


原子力ムラからの視点なくしては実相は見えてこない。３．１１後、補章として、書かれた中に、<br>
　
「・・・・私たちは原子力を抱えるムラを『国土開発政策のもとで無理やり土地を取り上げられ危険なものを押し付けられて可哀相』と、あるいは『国の成長のため、地域の発展のために仕方ないんだ』と象徴化するだろう。しかし、実際にその地に行って感じたのは、そのような二項対立的な言説が捉えきれない、ある種の宗教的とも言っていいような『幸福』なあり様だった・・・」。<br>

この言葉がリアリティをもつことが、恐ろしい。福島を故郷とする著者の血の通った論考を経ずして今後の原子力ムラ、原発への発言はありえないものになるであろう。（青土社刊）
</p>
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    <title>スペイン映画「ＢＩＵＴＩＦＵＬＬ」～黒澤からの投影</title>
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    <published>2011-07-28T06:43:43Z</published>
    <updated>2011-07-28T07:07:49Z</updated>

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現代スペイン社会の実相を、広い視座で浮かび上がらせた秀作だ。主人公ウスバルは末期の前立腺がんで余命2ヶ月の中年男。精神のバランスを失った妻とは別居中であり、2人の子供もある。不法滞在のアフリカ人や中国人労働者の手配師をやりながら、一方で死者の声を聞くシャーマンみたいなこともしつつ苦しい生活のなかで、懸命に生きている。<br>
この映画を見ながら、余命2ヶ月という主人公の設定から、すぐ連想したのは黒沢明の「生きる」だった。市役所の1課長が死期を悟り、決意したのは戦後間もないころまだ少なかった児童公園を建設することで、そこから官僚社会の壁にぶち当たりながら、目的を達成するまでを、死後の通夜からの回想という絶妙の作劇術で映像化したものである。<br>

一方、ウスバルは残していく子供たちへの愛情、病む妻への愛憎、そして不法滞在する中国人労働者たちやアフリカからの不法移民セネガル人たちとの接触を通じて呼び起こされる波打つ感情などに身もだえしながら、余命を懸命に生きる。。<br>

ここにはスペインのバルセロナに生きる等身大の庶民の実相と、近年ヨーロッパ社会を覆う移民問題が重層的に絡み合い、解決を見つけがたい重いテーマが横たわっている。
移民による民族の多様性が生み出す社会的緊張感はヨーロッパ各国が共通に抱える苦悩だ。。<br>

ガウディ・ピカソ・ダリのイメージがある華やかなバルセロナでも、一歩裏通りへ入れば貧困と闇社会が広がっている。そして中国人労働者が地球上に膨張する存在感に驚くのである。。<br>

監督イニャリトゥはある種、距離間を保ちながらも、控えめな共感をたたえつつ人間像の造型に成功した。登場する人物は皆、憎めない善良さを内に秘めながらも多様な個性を秘めた人間として際立っており、絶望にまみれた現実のなかでの救いとなっている。法に触れるような危ない仕事をする人々にもそれなりの真実があるという、下手をすると安手の人生模様になりがちだが、人物描写には破綻がなく、視座が広い。。<br>

ウスバルが絶望して、踊り子バーのようなところで酩酊するシーンは、そのまま「生きる」の志村喬が踊り子たちに嬌声をあげるあのシーンに直結する。あとで監督イニャリトゥは19歳のときに「生きる」を見ていたことを知るが、一種の黒沢へのオマージュかもしれない。。<br>

アフリカ人、中国人問題までも視座に納めながらも、この映画の根本はウスバル本人の分厚い人物造型が見事な成功を収めていることだろう。人間的な弱さを抱えながら、最後には己の父親像への憧憬を獲得し、父性そのものを子供に伝えるというささやかながら、人生の要諦を貫徹したウスバルへの賛歌になっている。。<br>

ウスバルを映じるバビエル・バルデルは今、世界で一番輝いている俳優だ。俳優の栄光について考える。。<br>

蛇足。主人公が持っているシャーマン的資質、日本のイタコのような霊の呼び戻しの能力がウスバルにはあるようだが、若干説明不足か。。<br>
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り22》～ アメリカに住むロマたちの今（2）</title>
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    <published>2011-07-17T10:41:37Z</published>
    <updated>2011-07-17T11:03:56Z</updated>

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　六つのロマの部族がダラスに集まっておこなわれた祭礼時の騒動の様子が、1951年にすでにダラス・モーニング・ニュース紙に報じられている。グリーン一族に属する15歳の少年がエバンス一族のメンバーによって銃撃されたとする事件がもとでグループ間抗争に発展するのではないかとの記事だ。 <br>
東欧の共産主義国家の崩壊以来多発する民族ナショナリズムや人種問題にからむ暴力事件のせいで、多くのロマがアメリカに移り住んできたが、依然としてネイティブ・アメリカンと並んで差別の多い民族集団である。<br>
「役所での手続きを見ればわかりますよ。不条理な書類上の人種差別です。」カリフォルニアに拠点を置く非営利団体＜ヴォイス・オブ・ロマ＞の代表であるサニ・リファティ氏は言う。この団体は、ロマの文化芸術や伝統を広く世界に広め、ロマとしてのアイデンティティと文化の保護と啓蒙に寄与すべく設立された。「自由民主主義者は寛容を説きますが、それは言葉の上のことに過ぎません。ヨーロッパでは人種差別が公然と語られています。」<br>

ハンコック氏によれば、ロマと他のアメリカ人がお互いに交わらない原因は両方にあるという。ロマは生活のためにはガジェ（ロマでない人）と関わろうとするが、ロマでない人との接触がロマ社会の伝統的な価値観である＜穢れ＞にあたることを恐れて自身を社会の周辺に置こうとする。今もおこなわれている文化的伝統はほかにも、ヴラフの人々によってフォートワースやヒューストンで年に数回開かれている＜クリス＞と呼ばれるロマ社会独自の裁判システムがある。<br>

リファティ氏は言う。「ロマがロマでない人々と距離を置こうとするのにはそれなりの理由があります。つまり、一種の自己防衛なのです。世界中のロマ以外の社会では、ロマに対して好意的ではありません。アーミッシュのように近代的価値観によらずに暮らす人々もいますが、これも他の集団から自己を守る手段の一形態でしょう。正統派ユダヤ教徒にも同じことが言えます。」<br>

一方でハンコック氏は、自分たちの生活様式やアイデンティティが多数派の人々に受け入れられるようロマ系アメリカ人の側も努力することが重要だという。さもなければやがて民族性を失い、独自文化も長続きしないだろうと心配する。<br>


　アメリカ国内に住むロマは＜the hidden Americans/まぎれて暮らすアメリカ人＞とも呼ばれる。他の民族集団と見分けのつきにくい存在であるためだ。黒髪に浅黒い肌はよくヒスパニックや南ヨーロッパ系あるいはアメリカ・インディアンと間違われる。<br>

　周辺部に暮らすことを好む多くのロマ系アメリカ人の生活様式と民族差別が、「ハリウッド映画が描く＜ジプシー＞のステレオタイプにとらわれて実際のロマを理解しないことによって」（ハンコック氏）ますます助長される。同様の意見を持つヴォイス・オブ・ロマもキャラバン、精霊、王、女王といったおとぎ話的なイメージの払拭に努めている。<br>

　コソヴォ出身のサニ・リファティ氏は1993年にアメリカに来て気付いたという。この国は個人の上に成り立っていてコミュニティの関与が薄い、と。「本当はアメリカ人はロマについて無知なだけなのです。」
　「アメリカでは誰でもジプシーの専門家になれますよ。」と氏は続ける。「私の代わりに発言することは自由ですが、最初は私にやらせてください。ダンスをする前に対話をしましょう。それがアメリカでもう一つやらなければならないことです。ジプシーの芸術が単にサーカスとしてではなく正しく認められるように闘っていきます。」<br>

　ロマを避けようとする風潮は教育の世界にまで及んでいる。テキサスを含むアメリカ各地のロマの一部は子供たちが思春期に達すると学校から引き上げてしまう。アメリカ系ロマの若い世代の多くはロマ語ではなく英語を話す。テキサスやカリフォルニアなどの州ではスペイン語を話す者もいる。<br>

　「偏見があるために、ロマは既存の教育制度になじまないのです。」とリファティ氏は言う。「アメリカのネイティブ・アメリカンの状況とよく似ています。」若年の、教育を受けていないロマ系アメリカ人は外側の世界との関係をもたず自殺率が高い。<br>
「私はかつて教室にジプシーを受け入れることを嫌がったセルビアの支配層と闘わなければなりませんでした。」とリファティと振り返る。「私自身良い成績を取るために他のセルビア人の生徒より5倍も努力をする必要がありました。」<br>


　ロマ出身の活動家、世界的なスポークスマン、そして学者としての顔を持つイアン・ハンコック氏は世界中の1500万人のロマを代表する国連とUNICEFの大使でもある。ロンドンの伝統的なロマの家庭に育ち、差別を受けたこともある。疎外感を味わったことも、同じコミュニティのおきてに苦しめられたこともあるが、当時のハロルド・ウィルソン首相による差別撤廃措置により、ロンドン大学の博士課程で勉強する機会を得ることができた。ハンコック氏は、テキサス大学オースティン校に初めてロマ研究講座を開設した。同校はのちにロマの歴史、言語、文化の研究におけるアメリカにおける拠点となった。ハンコック氏はさらに＜ロマ・アーカイブおよび記録センター(RADOC)＞を設立。今や世界のロマに関する資料の最大のコレクションを誇り、1万を超える書籍、論文、印刷物、写真、書類を所蔵する。<br>

ヨーロッパのロマは学歴がないと思われているが、サニ・リファティ氏は教育上の優遇措置が認められていた旧ユーゴスラビア時代に育ち、化学の修士号を持つ。しかし、仕事を見つけることはやはり難しい。リファティ氏はアメリカに移ってきたとき、自分自身の文化についてまるで無知だった。しかし、ハンコック氏との出会いによって自分の文化を今まで以上に理解するようになっただけでなく愛着を感じるまでになった。ヴォイス・オブ・ロマは2011年を旧ユーゴスラビアからのロマ難民の保護のための基金を集めるためのフェスティバル開催の年と決めている。リファティ氏は言う。「フランス、ドイツ、イタリアの国外追放政策に反対するため意見表明も出したところです。われわれはロマの文化を保護する以外にも多くの活動に取り組んでいるのです。」（市橋雄二/2011.7.17）
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